自民党全国青年部・青年局幹部海外研修が8月17日(月)~21日(木)にかけて牧原秀樹(衆議院議員・自民党青年局長代理)を団長に、神奈川県連青年総局から田中信次(県連青年総局次長)・藤代哲夫(横浜市連青年局長)・遊佐大輔(横浜市連青年局幹事長)をはじめ全国最多の9名が参加させて頂き、国会議員7名、地方代表併せて68名で台湾を訪台致しました。 日本と台湾は正式な国交はありませんが、青年局に所属する国会議員らが定期的に台湾を訪問するなど、党のレベルで交流に取り組んでいます。
初日は、羽田空港国際線ターミナルにて結団式を行ない、団員各々そしてこの研修に携わって下さる方々の紹介、台湾についての事前勉強会や日程の確認等を行った後、台北へ旅立ちました。台北松山空港には午後10時過ぎに到着。バスの車中から台湾の夜景を見ながら明日からのハードな日程の説明を受けました。
2日目は、今回の研修の中で最も過密かつハイライトとも言える日程でした。
馬英九総統表敬、王金平立法委員長主催の『歓迎昼食会』、周麗芳台北副市長、張徳聰台湾青年救国団主任、朱立倫国民党主席、呉釗燮民進党秘書長ら要人への分刻みの表敬が続きました。
民進党への表敬では、呉釗燮民進党秘書長はじめスタッフの皆様は温かく迎えてくださり、来年1月の総統選に向けた意欲とかなりの手ごたえを伺いました。実際にスタッフはじめとした皆様の良い雰囲気と勢いがひしひしと感じられ、またそれが政権交代へのエネルギーとなっているだろうと推察されました。表敬をすべて終了し、この日の夜は李嘉進亜東協会会長主催晩餐会にて日台の関係強化の為の熱い杯が交わされ幕を閉じました。
3日目は、総統府視察後、二二七事件資料館を訪れました。支配や事件というものがいかに悲惨だったかという内容が偽りなく書かれており、掲示されていた写真や文章は、見るだけで気持ちが重くなるほど多くを訴えかけてきました。昼食は台湾高座会の方々を交えた意見交換会として行われました。台湾高座会とは約70年前、強制ではなく両親の許可を得た少年工が航空機製造のために神奈川県の高座海軍工廠等で少年工として働いた台湾の皆様です。高座会の李雪峰会長が語っていた「私たちは日本人として育ったのに、ある日突然違う国の人にならざるをえなかった」という言葉は非常に重く私たちの中に響きました。昼食会後は新幹線で青年局として初の高雄市へと移動し、中国青年救国団主催の晩餐会に参加しました。“台湾流”のおもてなしにも慣れ、非常に友好的な会となりました。
4日目のスタートは高雄市議会議長表敬訪問。康裕成議長から高雄市議会では女性議員が多く活躍していることと4議席男性が議席を獲得する次の1議席は女性の議席になるということをお話いただきました。また事務局も女性が多く活躍されている感じがしました。続いて高雄忠烈祠に訪問し、献花の際、戦没者の皆様に心より哀悼の誠を捧げさせて頂きました。
高雄の町には見慣れないマスコットキャラクターの看板が多くありました。『さざえさん』や『あたしんち』のキャラクターのように老若男女みんなが親しむことができるキャラクターの正体は『陳菊市長』。独裁反対・民主自由化象徴である女性市長がいかに市民から愛されているのかをバス車内からでも感じることができました。そんな中到着した高雄市庁舎では大勢の方々の大歓迎と拍手。これまでの研修の中で一番の歓迎の中、陳菊市長を表敬訪問。出会っただけで、その人柄とカリスマ性が感じることができました。
市庁舎後は昼食取り、午後の数時間は日程唯一の自由行動となり着替えて高雄の町へ。世界で2番目に美しい駅『美麗島駅』を視察等、有意義な時間を過ごすことができました。そして台湾での最後の日程は牧原秀樹団長主催の夕食会で、団員と交流を深めました。
連日の表敬訪問や視察、晩餐会など非常に充実していたとともに非常に濃密でハードなスケジュールをこなし、とうとう迎えた最終日。早朝にホテルを出発し高雄空港で解団式が行われ牧原団長をはじめ諸先生方から一言ずつ挨拶がございました。そして団一行は一路日本へ。成田空港到着後、解散となり5日間に渡る自民党青年局台湾研修は無事に終了しました。
この台湾研修を通じて、日台関係の重要さを改めて痛感し、国交がいまだにないことを非常に疑問に思い、一日でも早く台湾との国交を。と願うと共に、自民党青年局による台湾とのこうした交流をこれから先も続けていくことが大切になってくるのではないかと思いました。
最後に台湾の皆さんは我々、そして日本に対して本当に温かく歓迎して頂きました。これからも日本と台湾の絆を大切にしていきたいと思います。 謝謝、台湾!